固定残業代を導入しても、通常の賃金と割増賃金を区別できなければ、割増賃金を支払ったとは認められません。最高裁が見ている点は2つあります。1つは、通常の賃金と割増賃金に当たる部分を判別できるかどうかです。もう1つは、その手当が時間外労働等の対価と位置づけられているかどうかです。この記事では、有効になる条件を判例と厚生労働省の資料で整理します。就業規則・雇用契約書・求人票の書き方も、記載例つきで解説します。
固定残業代とは何か
固定残業代とは、時間外労働・休日労働・深夜労働の有無にかかわらず、あらかじめ決めた額を割増賃金として支払う制度のことです。「みなし残業代」「定額残業代」とも呼ばれますが、いずれも実務での通称で、同じ仕組みを指します。
労働基準法第37条第1項は、時間外労働や休日労働をさせたときに、割増賃金を支払うよう定めています。割増賃金は、通常の労働時間の賃金を基に、政令で定める率以上の率で計算します(率は2割5分以上5割以下の範囲内)。固定残業代は、この割増賃金を前もって定額で支払う方法です。割増賃金を基本給や手当にあらかじめ含めて支払う方法そのものを、最高裁は直ちに同条違反とはしていません(日本ケミカル事件、最高裁第一小法廷 平成30年7月19日)。
つまり、固定残業代は適法に運用できる制度です。ただし有効と認められる条件があり、満たさなければ、支払ったつもりの額が割増賃金として扱われません。
なお、「みなし労働時間制」は別の制度です。事業場外のみなし労働時間制や裁量労働制が当たり、実際の労働時間にかかわらず、一定の時間働いたものとみなします。詳しくは、みなし労働時間制と変形労働時間制の解説をご覧ください。
固定残業代が有効になる条件は何か
固定残業代が有効になる条件は2つです。通常の賃金と割増賃金を判別できること(明確区分性)と、手当が時間外労働等の対価であること(対価性)です。加えて、固定分を超える割増賃金が生じたときは、差額を支払わなければなりません。
「明確区分性」「対価性」は、実務や解説で使われる呼び方です。判決の表現は、前者が「判別することができる」、後者が「時間外労働等に対する対価として支払われるものとされている」です。判決の内容は、厚生労働省の確かめよう労働条件(割増賃金不払いの裁判例)で確認できます。
条件1:明確区分性(通常の賃金と割増賃金を判別できる)
明確区分性とは、賃金の定めの中で、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分を判別できることです。判別できなければ、割増賃金として払った額を確定できず、法定の額を下回っていないかも検証できません。
医療法人康心会事件(最高裁第二小法廷 平成29年7月7日)の対象は、年俸1,700万円の医師でした。割増賃金を年俸に含める合意はありましたが、年俸のうち割増賃金に当たる部分は明らかにされていませんでした。最高裁は、両者を判別できないため、年俸の支払で割増賃金が支払われたとはいえないと判断しています。年俸が高額でも、内訳が示されていなければ、割増賃金の支払とは認められません。
テックジャパン事件(最高裁第一小法廷 平成24年3月8日)では、月額41万円の全体が基本給とされ、時間外の割増賃金は区別されていませんでした。時間外労働は月によって大きく変わり得ます。最高裁は、両者を判別できないとしました。月間180時間以内の時間外労働にも、基本給とは別に割増賃金を支払う義務があると判断しています。
条件2:対価性(時間外労働等の対価と位置づけられている)
対価性とは、判別された手当が、時間外労働・休日労働・深夜労働に対する対価として支払われていることです。手当の名称だけでは決まらず、契約書の記載、会社の説明、実際の働き方などから総合的に判断されます。
日本ケミカル事件では、薬剤師に支払われていた業務手当(月10万1,000円)が争われました。最高裁は、手当が時間外労働等の対価とされているかを、雇用契約書等の記載だけで決めません。使用者の説明の内容や、実際の労働時間などの勤務状況も考慮するとしています。この事案では、雇用契約書・採用条件確認書・賃金規程のいずれにも、業務手当が時間外労働の対価である旨が書かれていました。手当の額は約28時間分の割増賃金に相当し、実際の時間外労働等の状況ともかい離していませんでした。そのため、業務手当は時間外労働等の対価と認められています。
国際自動車事件(第2次上告審。最高裁第一小法廷 令和2年3月30日)では、売上高をもとにした歩合給の額から、割増金を差し引く賃金規則が問題になりました。最高裁は、手当の名称や算定方法に加え、賃金体系全体の中での位置づけも踏まえて検討すべきだとしています。この割増金は、通常の労働時間の賃金として払うべき部分を相当程度含むため、判別できないと判断されました。
熊本総合運輸事件(最高裁第二小法廷 令和5年3月10日)では、新しい給与体系が争われました。時間外労働の多少と関係なく賃金総額を先に定め、そこから基本給等を引いた額を「割増賃金」として支給する仕組みです。最高裁は、通常の労働時間の賃金の一部を名目だけ割増賃金に置き換えたものとして、割増賃金の支払とは認めませんでした。
条件3:固定分を超えた分の差額を支払う
固定残業代で足りるのは、固定分に対応する時間までです。法定の方法で計算した割増賃金が固定残業代を上回るときは、使用者が差額を支払う義務を負います。医療法人康心会事件で最高裁も、割増賃金に当たる部分の金額が法定の方法による額を下回れば、使用者に差額の支払義務があると述べています。
この義務は、固定残業時間を超えて働いた月に限りません。基本給を引き上げて固定残業代を据え置くと、固定残業時間の範囲内でも、計算上の割増賃金に届かなくなることがあります。基本給を改定するときは、固定残業代の額も見直してください。
主な最高裁判決の整理
| 事件名 | 判決日(最高裁) | 判断の内容 | 関係する条件 |
|---|---|---|---|
| テックジャパン事件 | 平成24年3月8日(第一小法廷) | 月額41万円の全体が基本給とされ、割増賃金の部分を判別できない | 明確区分性 |
| 医療法人康心会事件 | 平成29年7月7日(第二小法廷) | 年俸1,700万円のうち割増賃金の部分が明らかでなく、判別できない。法定額を下回れば差額の支払義務がある | 明確区分性・差額の支払 |
| 日本ケミカル事件 | 平成30年7月19日(第一小法廷) | 契約書等の記載、使用者の説明、実際の勤務状況から、業務手当は時間外労働等の対価と認められる | 対価性 |
| 国際自動車事件(第2次上告審) | 令和2年3月30日(第一小法廷) | 歩合給から割増金を差し引く賃金規則では、判別できない | 明確区分性・対価性 |
| 熊本総合運輸事件 | 令和5年3月10日(第二小法廷) | 賃金の一部を名目だけ割増賃金に置き換える給与体系は、割増賃金の支払と認められない | 明確区分性・対価性 |
固定残業代が無効になるのはどんなときか
固定残業代が無効になるのは、次のどちらかのときです。通常の賃金と割増賃金を判別できないとき。手当が時間外労働等の対価と位置づけられていないとき。そう判断されると、固定残業代として払った額は割増賃金の支払とは認められず、割増賃金を別に支払う義務が生じます。
国際自動車事件では、割増金として払われた額を通常の労働時間の賃金として扱い、割増賃金を計算し直すべきだとされました。この扱いでは、その額も割増賃金の計算の基礎に入るため、未払分が想定より大きくなります。
最高裁の判断は、事案ごとの事情を踏まえたものです。次の例に当てはまれば必ず無効になる、という基準ではありません。ただし、判決で問題にされた事情と重なる運用は、争いになりやすいと考えられます。
- 「月給30万円(残業代込み)」のように総額だけを示し、基本給と固定残業代の内訳がない。康心会事件やテックジャパン事件と同じ構造です。
- 手当の趣旨が、雇用契約書にも賃金規程にも書かれていない。日本ケミカル事件では、契約書等の記載と説明が判断材料になりました。
- 賃金総額を先に決め、そこから基本給等を引いた残りを割増賃金としている。熊本総合運輸事件の給与体系と同じ構造です。
- 歩合給などの計算で、割増金を差し引く仕組みにしている。国際自動車事件で、判別できないとされました。
- 固定残業代が想定する時間と、実際の時間外労働が大きくかい離している。日本ケミカル事件では、かい離がないことも考慮されました。
- 固定残業時間を超えた分の割増賃金を、追加で支払っていない。康心会事件で、差額の支払義務が示されています。
就業規則・雇用契約書には何をどう書くか
就業規則(賃金規程)と雇用契約書には、基本給と固定残業代を別の項目として定めます。あわせて、固定残業代が何時間分の対価か、超えた分を追加で支払うことも書きます。労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する使用者に、就業規則の作成と届出を義務づけています。賃金の決定、計算及び支払の方法は、その記載事項です。固定残業代の定めも、規程に明記しておくのが実務的です。
書く内容の5つの手順
- 基本給と固定残業代を分ける。賃金規程の賃金表と雇用契約書の両方で、基本給は〇円、固定残業手当は〇円と、別々の金額にします。総額だけの記載は、判別できないとされた事案と同じ構造です。
- 手当の趣旨を書く。名称は「固定残業手当」のように趣旨が分かるものにします。そのうえで、時間外労働・休日労働・深夜労働の割増賃金として支払うことを、賃金規程と雇用契約書の両方に書きます。日本ケミカル事件では、これらの記載が対価性を認める根拠になりました。
- 時間数と計算方法を書く。「月〇時間分の時間外労働に対する割増賃金として」と時間数を示し、金額の決め方も書きます。固定残業代の額は、自社の賃金の計算方法で割増賃金を計算し、下回っていないことを確認します。時間数は、36協定で定める時間外労働の限度時間(原則として月45時間・年360時間。労働基準法第36条第4項)との関係も見て決めます。
- 超過分を追加で払うと書く。固定残業時間を超えた時間の割増賃金と、固定分に含めていない休日労働・深夜労働の割増賃金を、別に支払うと書きます。書くだけでなく、勤怠の集計と給与計算で、実際に差額を支払える仕組みにしておきます。
- 入社時に説明し、書面で確認する。労働契約の内容は、使用者が労働者の理解を深めるようにし、できる限り書面で確認することとされています(労働契約法第4条)。日本ケミカル事件でも、使用者の説明の内容が判断材料になりました。固定残業代の趣旨と時間数は、口頭で説明したうえで、労働条件通知書にも記載します。
規程の記載例を示します。文言は自社の規程に合わせ、必要に応じて社会保険労務士などの専門家に確認してください。
(固定残業手当)第〇条 固定残業手当は、月〇時間分の時間外労働に対する割増賃金として支給する。時間外労働が月〇時間を超えたときは、超えた時間分の割増賃金を別に支給する。
既存の従業員に導入する場合は、特に慎重な手続きが必要です。賃金総額を変えないまま、通常の賃金の一部を名目だけ割増賃金に置き換えると、割増賃金の支払と認められないおそれがあります。熊本総合運輸事件が、その例です。基本給の一部を固定残業代へ振り替えるときは、賃金が実質的に下がらないか、事前に専門家へ確認してください。
求人票・募集要項には何を書くか
固定残業代を採用する求人では、次の3つをすべて明示する必要があります。
- 固定残業代を除いた基本給の額
- 固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法
- 固定残業時間を超える時間外労働・休日労働・深夜労働に対して、割増賃金を追加で支払う旨
募集時に労働条件を明示する義務は、職業安定法第5条の3に定められています。厚生労働省の確かめよう労働条件(労働条件の明示)でも、この3点が案内されています。
求人票の記載例を示します。金額と時間は、説明用の仮の数字です。
基本給 250,000円/固定残業手当 40,000円(時間外労働20時間分の割増賃金として支給)/20時間を超える時間外労働、休日労働、深夜労働には、別に割増賃金を支給
「月給29万円(固定残業代を含む)」のように総額だけを載せると、基本給の額も、固定残業代の計算方法も読み取れません。これは、明示すべき事項を満たさない書き方です。
求人票に書いた内容は、労働条件通知書や雇用契約書の内容と一致させます。厚生労働省は、ハローワークに出した求人票の労働条件と、採用面接で説明された条件が違う場合、ハローワークに申し出るよう案内しています。求人票と契約書で金額や時間数がずれると、入社後のトラブルになりやすく、対価性を争われたときの説明も難しくなります。
ネクストプレナーズの見解
固定残業代は、規程や契約書の書き方を整えるだけで安全になる制度ではないと考えます。記載に加えて、固定残業時間と実際の時間外労働がかい離していないか、毎月の勤怠データで確かめる運用も欠かせないと考えます。
採用時の月給を高く見せるために固定残業時間を長く設定すると、実態とかい離しやすくなり、対価性を争われる材料になり得ます。基本給を適正な水準に定め、固定残業時間は実際の時間外労働に合わせるほうが、後の紛争を避けやすいと考えます。導入や見直しは、賃金制度全体の設計と合わせて検討することをおすすめします。
導入・見直しのときの確認項目
- 基本給と固定残業代が、賃金規程と雇用契約書の両方で別々の金額になっている
- 固定残業代が、時間外・休日・深夜労働の割増賃金である旨が書かれている
- 対象の時間数と、金額の計算方法が書かれている
- 固定残業代の額が、自社の計算方法で出した割増賃金を下回っていない
- 固定残業時間を超えた分などの割増賃金を、追加で支払う仕組みがある
- 求人票・労働条件通知書・賃金規程の内容が一致している
- 基本給を改定するときに、固定残業代の額も見直す手順がある
まずは、自社の賃金規程と雇用契約書で、基本給と固定残業代が別の金額になっているかを確認してください。賃金制度の見直しをご検討の場合は、ネクストプレナーズにご相談ください。
監修
監修:仙頭 武宏(株式会社ネクストプレナーズ 代表取締役社長)
東京工業大学(現・東京科学大学)工学部制御システム工学科卒業。日本オラクル株式会社でエンジニア、コンサルタントを経て経営企画室マネージャを務める。一橋大学大学院商学研究科(現・一橋ビジネススクール)経営学修士(MBA)修了。独立コンサルタントを経て、2012年より株式会社ネクストプレナーズ代表取締役社長
本記事は公的機関の公表資料等を基にした一般的な情報です。個別の制度設計・手続きは専門家にご確認ください。
よくある質問
Q. 固定残業代が無効になるのはどんなときですか?
通常の賃金と割増賃金に当たる部分を判別できないとき、または手当が時間外労働等の対価と位置づけられていないときです。無効と判断されると、固定残業代として払った額は割増賃金の支払と認められず、割増賃金を別に支払う義務が生じます。
Q. 固定残業代は何時間分まで設定できますか?
実際の時間外労働に合わせ、36協定で定める限度時間の範囲内で決めるのが実務的です。限度時間は原則として月45時間・年360時間です(労働基準法第36条第4項)。実態とかい離した長い時間を設定すると、対価性を争われる材料になり得ます。
Q. 固定残業時間を超えて残業した場合、追加で払う必要はありますか?
はい、必要です。法定の方法で計算した割増賃金が固定残業代を上回るときは、使用者が差額を支払う義務を負います(医療法人康心会事件、最高裁第二小法廷 平成29年7月7日)。
Q. 求人票に固定残業代を書くとき、必ず明示する項目は何ですか?
次の3つをすべて明示します。固定残業代を除いた基本給の額、固定残業代に関する労働時間数と金額等の計算方法、固定残業時間を超える時間外労働・休日労働・深夜労働に対して割増賃金を追加で支払う旨です。厚生労働省の「確かめよう労働条件」で案内されています。
Q. 「みなし残業代」と「みなし労働時間制」は同じ制度ですか?
いいえ、別の制度です。固定残業代は、割増賃金を定額で前払いする賃金の支払方法です。みなし労働時間制は、事業場外のみなし労働時間制や裁量労働制のことで、実際の労働時間にかかわらず一定の時間働いたものとみなす制度です。
Q. 残業がなかった月も、固定残業代は支払うのですか?
はい、支払います。固定残業代は、時間外労働の有無にかかわらず一定の手当を支給する制度です(厚生労働省「確かめよう労働条件」)。残業が少ない月が続く場合は、固定残業時間が実態に合っているか見直してください。
出典・参考資料
- 割増賃金不払い|裁判例|確かめよう労働条件(厚生労働省)
- 労働条件の明示|しっかり学ぼう!働くときの基礎知識|確かめよう労働条件(厚生労働省)
- 労働基準法(昭和22年法律第49号)(e-Gov法令検索)
- 人事評価のフィードバック面談の進め方|自己評価を先に聞く順序と、低評価の伝え方・面談記録の残し方 - 2026年10月31日
- 固定残業代が有効になる条件とは?明確区分性・対価性と就業規則・求人票の書き方 - 2026年10月30日
- 育休・産休期間の人事評価の扱い方|不利益取扱いを避ける評価期間と昇給・昇格の考え方 - 2026年10月29日
