賃上げで人件費はいくら増える?退職金・社会保険料・賞与への連動と総額人件費の試算方法

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賃上げを決めるとき、見ているのは基本給の増額分だけではないでしょうか。実際には、会社負担の社会保険料や雇用保険料、賞与、時間外手当、基本給連動型の退職金が連動して増え、総額人件費は基本給の増額分より大きくなります。本稿では、連動する4つの経路と、自社で総額人件費を試算する5ステップを、月給30万円の従業員を3%引き上げる試算例とあわせて解説します。

賃上げは「基本給を上げた額」では終わらない

賃上げの方針を検討する場面では、「全社員の基本給を3%引き上げると、年間でいくらの負担増になるか」という問いがまず出てきます。このとき、基本給の増額分に人数を掛けた金額だけで予算を組むと、実際の人件費の増加額を過小に見積もってしまうことがあります。

理由は、基本給が他のさまざまな項目の計算の土台になっているためです。会社が負担する社会保険料・雇用保険料は、支払う賃金に率を掛けて決まります。賞与を「基本給の何か月分」と定めている会社では、基本給が上がれば賞与も自動的に増えます。時間外手当は基本給などを基に単価を計算しますし、退職金を基本給に連動させている会社では、将来の退職金の支給額まで増えます。

本稿では、賃上げに連動して増える項目を4つの経路に整理したうえで、中小企業の人事責任者・経営者が自社で総額人件費を見積もるための手順を、具体的な数字を使った試算例とともに解説します。料率などの数値は、執筆時点で公表されている令和8年度のものを使っています。

賃上げが連動して増える4つの経路

1. 社会保険料・雇用保険料(会社負担分)

厚生年金保険料は、毎月の保険料額が「標準報酬月額×保険料率」、賞与の保険料額が「標準賞与額×保険料率」で計算され、事業主と被保険者が半分ずつ負担します。保険料率は18.3%で固定されているため、会社負担は9.15%です(日本年金機構「厚生年金保険の保険料」)。

健康保険(協会けんぽ・東京都の場合)は、令和8年度の健康保険料率が9.85%で、令和8年3月分(4月納付分)から適用されています。これに加えて、令和8年4月分から子ども・子育て支援金(0.23%)が上乗せされ、40歳から64歳の方には介護保険料率(1.62%)も加わります。これらも事業主と被保険者の折半です(協会けんぽ「令和8年度の保険料率」)。なお、健康保険組合に加入している会社は、組合ごとに料率が異なります。

雇用保険料率は、令和8年度の一般の事業で労働者負担が5/1,000、事業主負担が8.5/1,000です。事業主負担のほうが高いのは、事業主だけが負担する雇用保険二事業の率(3.5/1,000)が含まれているためです(厚生労働省「令和8年度 雇用保険料率のご案内」)。

このうち健康保険と厚生年金は、賃金に直接率を掛けるのではなく、報酬を等級に区分した標準報酬月額を基に計算します。そのため、基本給や役職手当といった固定的賃金を引き上げても、ただちに保険料が変わるとは限りません。随時改定(月額変更届)は、固定的賃金に変動があり、変動月以後引き続く3か月の報酬の平均額で算出した標準報酬月額が従前と2等級以上の差になり、その3か月の支払基礎日数がいずれも17日以上ある場合に行われます(日本年金機構「随時改定(月額変更届)」)。等級の差が2等級未満であれば、随時改定は行われません。ただし、これは改定のタイミングの話であり、賃上げが社会保険料に反映されなくなるわけではありません。

2. 賞与

賞与の支給額を「基本給の○か月分」と定めている会社では、基本給の引き上げがそのまま賞与の増額になります。賞与にも社会保険料がかかり、実際に支払われた賞与額(税引き前の総支給額)から1,000円未満を切り捨てた額が標準賞与額になります。厚生年金保険は1か月あたり150万円、健康保険は年度(4月1日から翌年3月31日まで)の累計で573万円が上限です(日本年金機構「従業員に賞与を支給したときの手続き」)。

雇用保険料は賞与を含む賃金全体にかかるため、賞与が増えた分だけ事業主負担も増えます。賞与の算定基礎が基本給になっているかどうかは、賃上げの総額を見積もる際にまず確認すべき点です。

3. 時間外手当などの割増賃金

時間外や深夜に労働させた場合は1時間当たりの賃金の25%以上増し、法定休日に労働させた場合は35%以上増しの割増賃金を支払う必要があります。1か月に60時間を超える時間外労働の割増率は50%以上です(厚生労働省「確かめよう労働条件」)。

割増賃金の算定から除外できる手当は、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金の7種類に限られています。この7種類に当てはまらない賃金は、すべて割増賃金の基礎に算入します。つまり、基本給だけでなく、役職手当や資格手当などを引き上げた場合も、残業単価が上がり、時間外手当が増えます。賃上げの方法を手当の増額にしても、この連動は避けられません。

4. 退職金

退職金の算定式を「退職時の基本給×勤続年数に応じた支給率」としている基本給連動型の制度では、基本給を上げた分だけ、将来支払う退職金の額が増えます。ほかの3つと違い、増加分が実際に現金で出ていくのは従業員の退職時ですが、基本給を上げた時点で将来の支払い義務は確定的に大きくなります。

退職金は賃上げの影響が長い期間にわたって積み上がるため、見落とされやすい項目です。特に、支給率が高い勤続年数の長い従業員ほど、基本給の増額が退職金に与える影響は大きくなります。

総額人件費を試算する5つのステップ

ステップ1: 賃上げの対象と方法を決める

全社員一律の定率引き上げなのか、等級別の定額なのか、基本給なのか手当なのかを決めます。連動する項目は、引き上げる賃金の種類によって変わるためです。

ステップ2: 賃金の構成を分解する

対象の従業員について、基本給、固定的な手当、時間外手当などの変動給、賞与の年間支給額を分けて把握します。人数が多い場合は、等級や年齢層ごとに「標準的な従業員」のモデルを数パターン作ると、作業が現実的になります。

ステップ3: 連動先を洗い出す

賃金規程と退職金規程を確認し、賞与の算定式、時間外手当の算定基礎、退職金の算定式のそれぞれが、引き上げる賃金に連動しているかどうかを一覧にします。ここで連動していない項目は、試算から除外できます。

ステップ4: 賃上げ前後の差額を求め、会社負担の率を掛ける

賃金の増加額を、基本給分、賞与分、時間外手当分に分けて求め、その合計に会社負担の保険料率を掛けます。会社負担の率は、厚生年金9.15%、健康保険の折半分、子ども・子育て支援金の折半分、雇用保険の事業主負担分を足し合わせたものです。40歳以上の従業員には、介護保険料率の折半分も加えます。

ステップ5: 退職金の増加分を年換算して加える

退職金の増加額は、退職時の基本給の増加額に支給率を掛けて求めます。これを在職の残り年数で割ると、1年あたりの負担増の目安になります。実際の会計処理や退職給付の積立方式によって扱いは異なるため、ここでは社内の予算検討用の目安として扱います。

試算例: 月給30万円の従業員の基本給を3%引き上げた場合

試算の前提

モデルとして、東京都の協会けんぽに加入し、介護保険の対象にならない40歳未満の従業員1人を考えます。前提は次のとおりです。

項目 前提
基本給 月30万円を3%引き上げ、月30万9,000円にする(月9,000円増)
賞与 基本給の4.0か月分(年間120万円)
時間外労働 月20時間(月平均所定労働時間は160時間、割増率25%)
退職金 退職時の基本給×支給率30(勤続30年を想定)、在職の残りは20年
会社負担の保険料率 9.15%+4.925%+0.115%+0.85%=15.04%

会社負担の保険料率の内訳は、厚生年金9.15%(18.3%の折半)、健康保険4.925%(9.85%の折半)、子ども・子育て支援金0.115%(0.23%の折半)、雇用保険の事業主負担0.85%です。労災保険料や、子ども・子育て拠出金(令和8年度の率は1,000分の3.6)などは含めていません。

試算結果

項目 計算 年間の増加額
基本給(月例) 9,000円×12か月 108,000円
賞与 9,000円×4.0か月 36,000円
時間外手当 単価の増加分(約1,406円/月)×12か月 16,875円
賃金の増加額の小計 160,875円
会社負担の保険料 160,875円×15.04% 約24,196円
退職金(年換算) 9,000円×支給率30÷20年 13,500円
合計 約198,571円

時間外手当は、賃上げ前の単価が30万円÷160時間=1,875円、賃上げ後が30万9,000円÷160時間=1,931.25円です。これに割増率1.25と月20時間を掛けると、1か月の時間外手当は46,875円から約48,281円に増えるため、差額は1か月あたり約1,406円です。

試算結果からわかること

基本給の月例の増加額は年間108,000円ですが、連動分を含めた1人あたりの負担増は約198,571円で、基本給の増額分の約1.8倍になります。同じ構成の従業員が100人いるとすると、基本給分だけなら約1,080万円の増額ですが、総額では約1,986万円の増額を見込む必要があります。

この例は、賞与が基本給の4.0か月分、残業が月20時間、退職金が基本給連動型という前提です。賞与が基本給に連動しない会社や、退職金が基本給と切り離されている会社では、倍率はもっと小さくなります。自社の倍率を知るには、上の5ステップで自社の規程に沿って計算することが必要です。

試算でずれやすい3つの注意点

標準報酬月額の等級の刻みによる誤差

社会保険料は、報酬額に率を直接掛けるのではなく、標準報酬月額の等級を基に計算します。上の試算例では、報酬の増加額に保険料率を掛けて概算しましたが、実際の保険料は等級の境目をまたぐかどうかで変わります。賃上げによって等級が上がる従業員がいる一方で、上がらない従業員もいます。人数が多い場合は、概算でも大きなずれにはなりにくいものの、個別の金額を確定する場合は保険料額表で確認してください。

保険料率は毎年度変わる

雇用保険料率は、令和8年度の一般の事業で、事業主負担が前年度の9/1,000から8.5/1,000に引き下げられました。協会けんぽの東京都の健康保険料率も、令和7年度の9.91%から9.85%に変わっています。一方で、令和8年4月分からは子ども・子育て支援金が新たに加わりました。試算の際は、賃上げを実施する年度の料率を使うことが前提になります。

賞与の上限と、業績連動への見直し

賞与の社会保険料には、前述のとおり標準賞与額の上限があります。賞与額が大きい従業員では、賞与の増加分に対して社会保険料が増えない場合があります。一方、賞与を基本給連動の固定月数で支給している会社では、賃上げのたびに賞与の原資が自動的に増えていくことになります。賞与の算定式を見直すかどうかは、賃上げ額と合わせて検討する価値があります。

連動を整理するための制度設計の選択肢

試算の結果、連動による負担増が想定より大きいとわかった場合に、制度設計として検討できる選択肢を挙げます。いずれも従業員の不利益変更にならないか、賃金規程・退職金規程の改定手続きをどう進めるかを慎重に確認する必要があります。

賞与の算定基礎を見直す

賞与の算定式を「基本給の○か月分」から、基本給とは別の基準額や、業績に応じた支給原資を使う方式にする方法があります。ただし、賞与は従業員の期待が大きい項目のため、見直しの目的と影響を丁寧に説明することが欠かせません。

退職金の算定基礎を基本給から切り離す

退職金の算定基礎を、毎年の基本給ではなく、別建ての退職金算定基礎額にしたり、勤続年数や等級に応じたポイントを積み上げる方式にしたりする方法があります。賃上げの影響を退職金に自動で波及させない設計にできますが、制度変更に伴う経過措置や、すでに積み上がった権利の扱いを決める必要があります。

賃上げの原資を総額で管理する

賃上げの予算を、基本給の増額分ではなく、連動分を含めた総額人件費で管理する方法です。上の試算例のように、まず連動を含めた倍率を求めておけば、「基本給を何%上げられるか」を逆算して決められます。経営側と労働組合の交渉の場でも、総額での負担を共通の前提にしておくと、議論が整理しやすくなります。

まとめ

賃上げは、基本給の増額にとどまらず、会社負担の社会保険料・雇用保険料、賞与、時間外手当、基本給連動型の退職金へと連動して、総額人件費を押し上げます。月給30万円の従業員を3%引き上げる例では、連動分を含めた負担増が基本給の増額分の約1.8倍になりました。

自社で試算するには、賃上げの対象と方法を決め、賃金の構成を分解し、規程から連動先を洗い出し、差額に会社負担の保険料率を掛け、退職金の増加分を年換算して加えるという5つのステップを踏みます。試算の前提となる料率は年度ごとに変わるため、賃上げの実施年度の公表資料で確認してください。

本記事は公的機関の公表資料等を基にした一般的な情報です。個別の制度設計・手続きは専門家にご確認ください。

よくある質問

Q. 基本給を上げると、会社負担の社会保険料は必ず増えますか。

報酬が増えれば、基本的に保険料も増えます。ただし、健康保険と厚生年金は報酬を標準報酬月額の等級に区分して計算するため、増額しても等級が変わらなければ保険料額は変わりません。随時改定は、固定的賃金の変動があり、変動月以後引き続く3か月の報酬の平均額による標準報酬月額が従前と2等級以上の差になった場合などに行われます。雇用保険料は賃金総額に率を掛けて計算するため、増額分に応じて増えます。

Q. 基本給ではなく手当を増額すれば、賞与や退職金への連動を避けられますか。

賞与や退職金が基本給のみを基準にしている規程であれば、手当の増額はそれらに連動しない場合があります。ただし、社会保険料や雇用保険料は手当を含む報酬にかかります。また、割増賃金の算定から除外できる手当は、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金の7種類に限られ、名称ではなく実質で判断されます。役職手当や資格手当を増額すると、時間外手当の単価も上がります。

Q. 賞与にかかる社会保険料はどのように計算しますか。

実際に支払われた賞与額(税引き前の総支給額)から1,000円未満を切り捨てた額が標準賞与額になり、これに保険料率を掛けて計算します。標準賞与額には上限があり、厚生年金保険は1か月あたり150万円、健康保険は年度(4月1日から翌年3月31日まで)の累計で573万円です。

Q. 退職金への連動を抑えるには、どのような方法がありますか。

退職金の算定基礎を基本給から切り離し、別建ての算定基礎額にする方法や、勤続年数や等級に応じたポイントを積み上げるポイント制にする方法があります。いずれも賃金規程・退職金規程の改定が必要で、すでに積み上がった権利の扱いや従業員への説明を慎重に進める必要があります。実施の前に、社会保険労務士などの専門家に確認することをおすすめします。

Q. 試算に使う保険料率は、いつの時点のものを使えばよいですか。

賃上げを実施する年度の料率を使います。雇用保険料率は毎年度見直され、令和8年度の一般の事業では事業主負担が8.5/1,000です。協会けんぽの健康保険料率は都道府県ごとに異なり、令和8年度の東京都は9.85%です。健康保険組合に加入している場合は、組合の料率を確認してください。

出典・参考資料

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人事ブログ編集部
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