選択制確定給付企業年金(選択制DB)は、DBへの加入を従業員が選べるようにし、給与の一部を掛金の原資にする制度設計です。社会保険料の負担が小さくなる可能性がある一方で、標準報酬月額が下がることで将来の給付に影響が出る面もあります。この記事では、厚生労働省と日本年金機構の公表資料を基に、仕組み、社会保険料への影響、導入時に確認したい注意点を、中小企業の経営者向けに整理します。
選択制確定給付企業年金(選択制DB)とは?
選択制確定給付企業年金(選択制DB)とは、確定給付企業年金(DB)への加入を従業員が選べるようにした制度設計のことです。加入を選んだ人の給与の一部が、DBの掛金の原資です。
「選択制」は実務での呼び方で、制度の根拠は確定給付企業年金法とその関連通知です。厚生労働省が公表している確定給付企業年金Q&Aには、加入者を希望者に限る場合の扱いも示されています。
先に、土台となるDBの基本を確認しておきましょう。厚生労働省の私的年金制度の概要では、確定給付型を「加入した期間などに基づいてあらかじめ給付額が定められている年金制度」としています。一方、確定拠出型は、拠出した掛金とその運用収益の合計額を基に給付額が決まる制度で、加入者自身が運用を行います。
DBの実施形態は規約型・基金型・総合型
確定給付企業年金には、規約型と基金型の2種類があります。規約型は、労使が合意した年金規約に基づき、企業が信託会社や生命保険会社などと契約を結ぶ形です。年金資金は母体企業の外で管理・運用されます。基金型は、母体企業とは別の法人格を持つ企業年金基金をつくり、その基金が資産を管理・運用して給付を行う形です。
このほかに、複数の企業が加入する基金型の「総合型」基金に加入する形もあります。自社だけで制度を設ける場合との違いは、後ほど整理します。
選択制DBの仕組みはどうなっているのか
選択制DBでは、加入を希望する従業員だけをDBの加入者にできます。厚生労働省のQ&Aは、加入者となることを希望する厚生年金保険の被保険者のみを加入者とすることを可能としています。ただし条件があります。加入を申し出ることができる時期を定めておくこと。そして、加入した人が自分の意思で加入者の資格を喪失することは選べないことです。
一般的な流れは次のとおりです。
- 会社がDBの規約を整えます(自社で実施するか、総合型基金に加入するかを決めます)
- 従業員が、決められた申出期間のなかで加入するかどうかを選びます
- 加入を選んだ従業員は、給与規程に基づいて給与の一部が掛金の原資に充てられます
- 掛金は規約に基づいて管理・運用され、従業員は規約で定めた条件を満たしたときに給付を受け取ります
掛金を従業員の給与から捻出する設計にするかどうかは、会社が給与規程などで決める事項です。以下では、給与の一部を原資にする設計を前提に説明します。
給付はいつ、どのように受け取るのか
DBの老齢給付金が支給されるのは、次のどちらかのときです。規約で定めた年齢(60歳以上70歳以下)に達したとき。または、規約で定めた年齢に達した日以後に、実施事業所に使用されなくなったときです。
支給の方法には制約があります。事業主の判断で、支給を強制的に繰り下げたり、一時金として支給したりすることはできません。繰下げは本人の申出により、年金を一時金にするかどうかは受給権者の選択で決まります。支給要件を満たしているのに給付額がゼロ円になる設計も、認められていません。
選択制DBで社会保険料はどうなるのか
給与の一部を掛金の原資にして、給与規程上の報酬が下がる場合は、標準報酬月額が下がり、社会保険料の負担が小さくなることがあります。ただし、標準報酬月額を基に計算される将来の給付も、小さくなる可能性があります。保険料が下がる点だけで判断することはできません。
保険料が下がる仕組み
日本年金機構の標準報酬月額のページによると、報酬とは、基本給に役付手当、通勤手当、残業手当などの各種手当を加えたものです。臨時に支払われるものや、3か月を超える期間ごとに受ける賞与等は除きます。
厚生年金保険では、この報酬月額を1等級(8万8千円)から32等級(65万円)までの32等級に分けます。該当する等級の金額が標準報酬月額で、保険料は標準報酬月額に保険料率を掛けて計算します。
掛金の原資とした分だけ給与規程上の報酬が下がり、標準報酬月額の等級が下がれば、その分だけ保険料は小さくなります。ただし、どの給与が下がるのか、いつ等級が変わるのかは、制度の設計と個々の給与額で異なります。
標準報酬月額は原則として年に一度見直されるとされていますが、具体的な扱いは給与の変更内容で変わります。年金事務所や社会保険労務士に、事前に確認してください。
同時に小さくなる可能性があるもの
標準報酬月額は、保険料だけでなく年金額の計算にも使われます。日本年金機構は、在職中の標準報酬月額に再評価率を掛けたものを平均して、年金額を計算すると説明しています。標準報酬月額が下がると、その期間にあたる将来の厚生年金額にも影響が出る可能性があります。
企業型確定拠出年金(DC)の選択制では、事業主から従業員への正確な説明が必要とされています。厚生労働省の企業型確定拠出年金Q&A(No.70)に示されている内容です。
保険料の負担は小さくなる可能性があります。一方で、標準報酬月額や雇用保険の基本手当日額が下がると、これらを基に算定される給付が減る可能性もあります。そのため、具体例を挙げて説明するのが望ましいとされています。
DBについて同じ内容を示した公的資料は、本記事の執筆時点では確認できていません。ただ、給与の一部を原資にする点はDCの選択制と共通なので、DBでも同様の説明が必要になると考えます。
なお、本記事では社会保険料の削減額の目安は示しません。金額は、従業員の給与額、年齢、加入している保険、保険料率によって変わるためです。
選択制DBと選択制DCの違いは?
選択制DBと選択制DC(企業型確定拠出年金の選択制)の大きな違いは、給付額の決まり方と運用の担い手です。DBは給付額があらかじめ規約で定められ、DCは掛金と運用益の合計で決まります。選択制DCの仕組みは、選択制確定拠出年金とは?仕組み・従業員と会社の負担への影響・導入時に説明すべきことで解説しています。
| 項目 | 選択制DB | 選択制DC |
|---|---|---|
| 給付額の決まり方 | 加入した期間などに基づき、あらかじめ給付額が定められる | 拠出した掛金と運用収益の合計額を基に決まる |
| 運用の担い手 | 規約型は母体企業の外で、基金型は企業年金基金で、資産を管理・運用する | 加入者自身が運用を行う |
| 会社の追加拠出 | 積立不足が生じた場合に、特別掛金や特例掛金の拠出が必要になることがある | 企業が追加拠出をする必要は生じない |
DB全般とDCの違いは、確定給付企業年金(DB)と企業型確定拠出年金(DC)の違いでも解説しています。
導入前に確認したい注意点
積立不足が出たときの追加拠出
DBは給付額を約束する制度なので、積立金が不足すると、会社が追加で掛金を拠出することがあります。厚生労働省のQ&Aには、財政再計算で過去勤務債務が生じたときの特別掛金や、非継続基準に抵触したときの特例掛金が出てきます。
財政再計算は、掛金の適用日の間隔が5年以内になるように行う必要があります。給与の一部を原資にする設計でも、この仕組みは変わらないと考えます。導入前に、掛金の見直しルールを確認しておくことをおすすめします。
加入は申出制で、加入後は自分の意思でやめられない
前述のとおり、希望者だけを加入者にする場合は申出の時期を定めておく必要があります。加入者が、自分の意思で加入者の資格を喪失することはできません。申出の前に、従業員へ「あとから自由にやめられる制度ではない」と伝えておく必要があります。
拠出付与額を0円にする設計は認められない
厚生労働省のQ&Aは、キャッシュバランスプランのDBと確定拠出年金を実施する会社の設計例を挙げています。毎月付与される拠出付与額を、DBに拠出するかDCに拠出するか従業員が毎年選ぶ設計です。この設計は、拠出付与額を0円にすることはできないため認められないとしています。
一方で、DBとDCのそれぞれで一定額を拠出付与額としたうえで、上乗せ分をどちらに拠出するか選ぶ設計は可能です。その場合、拠出付与額は労働協約等に規定する必要があります。
従業員が掛金の一部を負担する設計にする場合
加入者が掛金の一部を負担すること自体は可能ですが、負担できるのは当該加入者に係る掛金の2分の1までです。負担することになるときや、負担額が増えるときには、加入者の同意が必要です。
負担している人が、負担しないことを申し出るのは可能です。ただし、同意しなかった人や負担をやめた人が、あとから負担することは認められません。規約変更で負担額が減る場合は除きます。負担する人と負担しない人の給付には、加入者負担分に相当する程度の差を設ける必要もあります。
給付を減らす規約変更の手続き
導入後に給付の設計を見直して給付を減らすときは、対象者への説明と同意の取得、申請などの手続きが必要です。
理由が「事業主が掛金を拠出することが困難になると見込まれること」なら、対象者に説明する前に、厚生局への事前相談が求められています。いったん約束した給付は簡単には見直せないと考えて、設計してください。
終了時の残余財産は事業主に戻らない
DBを終了するとき、残余財産を事業主に引き渡すことはできません。加入者等に全額を分配します。
厚生労働省のQ&Aでは、新規加入者が生じない閉鎖型になった場合も同じ扱いです。加入者がいる制度なら、残余財産を事業主に返還する規定を規約に設けることは認められません。「余ったら会社に戻る」という前提で設計しないよう、注意が必要です。
中退共から移行する場合
中小企業退職金共済(中退共)に加入している企業が、解約手当金をDBに移換することは可能とされています。中小企業退職金共済法などの要件のもと、所定の手続きを踏みます。進め方は中退共から企業年金へ移行する方法で解説しています。
導入までの流れ
- ステップ1:目的を整理します。退職後の備えを厚くしたいのか、退職金制度を見直したいのか、会社が負担できる範囲はどこまでかを決めます
- ステップ2:実施形態を決めます。自社で規約型や基金型を設けるか、総合型基金に加入するかを比べます
- ステップ3:給与規程や退職金規程の見直し案をつくります
- ステップ4:従業員に説明します。保険料の負担が小さくなる可能性と、標準報酬月額が下がることの影響を、具体例を挙げて伝えます
- ステップ5:規約の承認(認可)申請や、総合型基金への加入手続きを進めます
- ステップ6:加入の申出を受け付けて、運用を始めます
中小企業が単独でDBを持つのが難しい場合は
厚生労働省は、確定給付型の企業年金を行うことが難しい中小企業のニーズに応える制度として、確定拠出年金を位置づけています。DBを検討する場合は、自社だけで設ける方法のほかに、複数の企業が加入する総合型の基金に加入する方法もあります。
株式会社ネクストプレナーズは、従業員50〜300名規模の中小企業向けに、総合型の選択制確定給付企業年金基金「NP企業年金基金」を運営しています。この基金を通じて、加入企業の制度設計や運営をサポートしています。
ネクストプレナーズの見解
選択制DBを検討するとき、社会保険料の負担が小さくなる点に目が向きやすいと思います。ただ、従業員にとっては、標準報酬月額が下がることで将来の給付に影響が出る可能性があります。会社にとっても、DBの積立不足に備える責任は残ります。
まず「従業員の退職後の備えをどう厚くしたいか」を決めてください。社会保険料への影響は副次的な効果として位置づけ、デメリットも含めて従業員に説明する進め方をおすすめします。そのうえで、DCや中退共と比べて、自社に合う制度かどうかを判断するのがよいと考えます。
まとめ
- 選択制DBは、DBへの加入を従業員が選べるようにし、給与の一部を掛金の原資にする制度設計です
- 加入は申出制にでき、加入後に自分の意思で資格をやめることはできません
- 報酬が下がると社会保険料は小さくなりますが、標準報酬月額を基にした将来の給付も小さくなる可能性があります
- 積立不足時の追加拠出、給付を減らす変更の手続き、残余財産の扱いは、導入前に確認が必要です
制度の細部は、規約の作り方や自社の給与規程によって変わります。実際に検討する際は、年金事務所や社会保険労務士、企業年金の専門家に確認してください。
監修者
監修:仙頭 武宏(株式会社ネクストプレナーズ 代表取締役社長)
東京工業大学(現・東京科学大学)工学部制御システム工学科卒業。日本オラクル株式会社でエンジニア、コンサルタントを経て経営企画室マネージャを務める。一橋大学大学院商学研究科(現・一橋ビジネススクール)経営学修士(MBA)修了。独立コンサルタントを経て、2012年より株式会社ネクストプレナーズ代表取締役社長
本記事は公的機関の公表資料等を基にした一般的な情報です。個別の制度設計・手続きは専門家にご確認ください。
よくある質問
Q. 選択制DBとは何ですか?
選択制DBとは、確定給付企業年金(DB)への加入を従業員が選べるようにし、加入する人の給与の一部を掛金の原資にする制度設計のことです。「選択制」は実務での呼び方で、制度の根拠は確定給付企業年金法です。
Q. 選択制DBにすると社会保険料は下がりますか?
給与規程上の報酬が下がり、標準報酬月額の等級が下がれば、保険料が小さくなる場合があります。ただし、標準報酬月額は年金額の計算にも使われるため、将来の給付も小さくなる可能性があります。金額は給与額や保険料率で異なるため、年金事務所や社会保険労務士に確認してください。
Q. 一度加入した従業員は、自由にやめられますか?
自由にはやめられません。厚生労働省のQ&Aは、希望者のみを加入者とする場合に、加入を申し出ることができる時期を定めておくこと、加入者が加入者の資格を喪失することを任意に選択することはできないことを示しています。
Q. 中退共に加入していますが、選択制DBに移行できますか?
中小企業退職金共済法などの要件のもと、所定の手続きにより、中退共の解約手当金をDBに移換することは可能とされています。要件や手続きは個別の状況で異なるため、事前に確認してください。
Q. 選択制にすれば、会社に追加の負担は生じませんか?
追加の負担が生じないとは言えません。DBでは、財政再計算で過去勤務債務が生じたときの特別掛金や、非継続基準に抵触したときの特例掛金など、積立不足に備えた追加拠出が必要になる場合があります。導入前に掛金の見直しルールを確認してください。
Q. 従業員が少ない会社でも選択制DBを導入できますか?
自社だけで規約型や基金型を設ける方法のほかに、複数の企業が加入する総合型の基金に加入する方法があります。どの形態が合うかは、従業員数や財務状況によって異なるため、比較して検討してください。
出典・参考資料
- 確定給付企業年金Q&A(令和7年12月26日更新)(厚生労働省)
- 私的年金制度の概要(企業年金、個人年金)(厚生労働省)
- 確定給付企業年金制度(厚生労働省)
- 企業型確定拠出年金Q&A(厚生労働省)
- は行 標準報酬月額(日本年金機構)
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