低評価が続く社員の給与や等級を下げたいときも、会社が自由に決められるわけではありません。給与を下げるには、就業規則などに根拠があるか、本人の合意があることが必要です。この記事では、降給・降格・減給の制裁・懲戒の違いを整理します。手がかりは、労働基準法第89条・第91条と、労働契約法第7〜10条・第15条です。あわせて、中小企業が事前に整えておきたい規程と評価の運用、進め方の手順を解説します。
結論:人事評価を理由に降給・降格はできるのか
人事評価を理由とする降給・降格とは、評価結果を根拠に、役職や等級を引き下げたり、基本給などの額を下げたりすることです。これを行うことはできますが、前提があります。前提は次の3つです。賃金や等級の下げ方が就業規則(賃金規程・人事規程)に定められていること。評価が公正な基準で行われていること。本人への説明と通知が尽くされていることです。個別の事案で有効かどうかは事情を踏まえて判断されるため、実施の前には専門家への確認をおすすめします。
規程に定めがないまま、評価が低いという理由だけで給与を下げると、トラブルになりやすくなります。理由は、労働契約法第9条にあります。使用者は、労働者と合意しないまま就業規則を変更し、不利益に労働条件を変更することはできません(第10条の場合を除く)。
なお、「降格」「降給」という言葉は、労働基準法と労働契約法の条文には出てきません。条文にあるのは、賃金の決定方法(労働基準法第89条第2号)、減給の制裁の上限(同法第91条)、労働条件の変更(労働契約法第8〜10条)、懲戒(同法第15条)などです。これらを組み合わせて考えるため、まず用語を整理します。
降格・降給・減給の制裁・懲戒処分の違い
社内では同じように使われがちですが、4つは性質が違います。分かれ目は、何が下がるのか、なぜ下げるのか、の2点です。
降格とは
降格とは、役職(職位)や等級(資格)を引き下げることです。課長から係長に変える役職の引下げと、等級制度の等級を1つ下げる等級の引下げに分けて考えます。等級が基本給や手当に連動する制度では、等級の引下げは賃金の低下に直結します。
降給とは
降給とは、基本給などの額が下がることです。降格に伴って下がる場合と、等級は変わらないまま、評価結果で号俸が下がる場合があります。昇給しないことや賞与が減ることは、基本給そのものは下がらないため、降給とは区別して考えます。
減給の制裁と懲戒処分
減給の制裁とは、就業規則に定めた懲戒処分として、賃金を減らすことです。労働基準法第91条は、就業規則で減給の制裁を定める場合の上限を定めています。1回の額は平均賃金の1日分の半額まで、総額は一賃金支払期における賃金の総額の10分の1までです。
例えば、平均賃金の1日分が1万円の社員なら、1回の制裁は5,000円までです。その月の賃金の総額が30万円なら、その賃金支払期の制裁の総額は3万円までです。厚生労働省のモデル就業規則の解説(表彰及び制裁)も、懲戒処分の種類は、公序良俗に反しない範囲で事業場ごとに決められると説明しています。そのうえで、減給には第91条の上限があるとしています。
4つの違いを表で確認する
| 区分 | 何が変わるか | 下げる理由 | 点検するポイント |
|---|---|---|---|
| 役職の引下げ | 課長から係長など、職位 | 評価結果、組織上の事情 | 人事規程の定め、評価の合理性、本人への説明 |
| 等級の引下げ | 等級・号俸、基本給 | 評価結果 | 賃金規程に等級改定のルールがあるか(労働基準法第89条第2号、労働契約法第7〜10条) |
| 評価連動の賃金変動 | 昇給額、賞与額 | 評価結果 | 賃金規程の算定ルール、評価結果の周知 |
| 懲戒処分(減給・降格など) | 賃金、地位 | 規律違反 | 就業規則に種類と事由があるか(労働契約法第15条)、減給は労働基準法第91条の上限内か |
人事評価を理由とする降給・降格は、表の上の3行にあたり、規律違反への制裁である懲戒処分とは別の枠組みで考えます。ただし、評価という名目で実質的に制裁を科していると受け取られないよう、理由と手続は分けて記録しておきます。
降給・降格の根拠として、就業規則に何を定めておくか
賃金の決定方法と昇給は、就業規則の記載事項です
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、就業規則を作成して行政官庁に届け出る義務があります(労働基準法第89条)。記載事項のうち、賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項は、同条第2号に挙げられています。等級や号俸の決め方、評価結果による改定の仕組みは、賃金の決定方法に当たると考えられます。そのため、賃金規程に書いておくのが基本です。
懲戒を設ける場合は、制裁の種類と程度も記載事項です(同条第9号)。就業規則の作成や変更では、過半数組合または過半数代表者の意見を聴かなければなりません(同法第90条)。規程を改めるときは、この手続も忘れずに行います。
盛り込んでおきたい項目
次の項目を規程に入れておくと、運用の説明がしやすくなります。
- 等級・号俸を改定する時期(年1回、評価確定後の何月から、など)
- 評価結果と改定の対応(評価の段階ごとに、昇給・据え置き・降給の幅をどうするか)
- 降給・降格を行う場合の要件と、1回あたりの下げ幅の上限
- 実施前の通知、面談、本人の意見を聴く機会
- 不服の申出先と手続
- 評価基準と評価期間の周知方法
規程に根拠がないとき、評価が低いだけで下げられるか
規程に降給・降格の定めがないとき、会社が一方的に給与を下げることはできません。選べる道は2つあります。本人の合意を得るか、就業規則を変更するかです。厚生労働省の労働契約ポータルサイトも、原則として使用者が労働者の合意なく労働契約を一方的に変更することはできないと説明しています。
本人の合意による変更(労働契約法第8条)
労働契約法第8条は、労働者と使用者がその合意により、労働条件を変更できると定めています。ただし、合意による変更でも、就業規則に定める労働条件を下回ることはできません。
合意の取り方にも慎重さが要ります。最高裁は山梨県民信用組合事件(2016年2月19日判決)で、賃金や退職金に関する変更では、同意書に署名押印があっても直ちに同意があったとはいえないとしました。見るべきなのは、不利益の内容と程度、同意に至った経緯、事前の情報提供や説明の内容です。これらに照らして、自由な意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由が客観的にあるかを判断するという考え方です(厚生労働省確かめよう労働条件の裁判例による)。同意書をもらう場合は、下がる金額を具体的に示して説明し、その記録を残します。
就業規則の変更による場合(労働契約法第9条・第10条)
第9条は、合意なしに就業規則を変更して労働者の不利益に労働条件を変更することを、原則として認めていません。例外が第10条です。変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、変更が次の事情に照らして合理的なときは、変更後の就業規則によるとされます。
- 労働者の受ける不利益の程度
- 労働条件の変更の必要性
- 変更後の就業規則の内容の相当性
- 労働組合等との交渉の状況
降給・降格のルールを新たに入れる改定では、不利益の程度と内容の相当性が見られやすいと考えられます。下げ幅の上限や、次の評価で戻れる道筋を併せて定めておくと、相当性を説明しやすくなります。
新しく入社する人の場合は、合理的な労働条件が定められた就業規則を周知させていれば、その内容が労働契約の内容になります(第7条)。入社時から規程を整えておくと、後から変更する場面を減らせます。
評価が「合理的」といえるために整えること
降給・降格の理由が人事評価である以上、その評価が妥当でなければ、根拠規定があっても説明がつきません。労働契約法第3条第5項は、労働契約に基づく権利の行使にあたって、それを濫用することがあってはならないと定めています。
労働基準法と労働契約法には、人事評価の進め方を定めた規定がありません。そのため、自社で次の5点を整えておくことが、評価の合理性を説明する土台になると考えます。
- 評価基準を文書にして周知する:何をどの水準で達成すれば何点になるのかを、期初に全員へ示すことが出発点です。
- 評価者の目線をそろえる:評価者研修や調整会議で、甘辛のばらつきを減らします。
- 期中にフィードバックし、記録する:期末に初めて低評価を伝える形は避けるべきです。
- 改善の機会を与える:低評価の理由を伝え、目標と期限を決めて指導し、次の評価で見直します。
- 評価の根拠を残す:事実、日付、面談の記録を、評価シートと一緒に保存します。
評価者の目線をそろえる方法は評価者研修の進め方で、評価と賃金の接続は人事評価を昇給・賞与に反映する方法で、等級の設計は等級制度の作り方で解説しています。
降給・降格を実施する手順
規程と評価がそろっている場合の進め方を、5つのステップで整理します。
ステップ1:規程の定めと、対象者に適用される版を確認する
賃金規程や人事規程に、降給・降格の定めがあるかを確認します。規程を改定した履歴がある場合は、対象者にどの版が適用され、いつ周知されたかも確かめます。
ステップ2:評価の根拠を整理する
評価結果、評価期間、使った基準、面談記録、これまでの指導の履歴を並べます。事実と日付で説明できない部分があれば、実施を急がず、記録を補うことが先です。
ステップ3:改善の機会を与えたかを確認する
低評価を本人に伝え、目標と期限を決めた指導を行ったかを見ます。行っていない場合は、降給・降格の前に、指導と目標設定を先に行うほうが安全と考えます。
ステップ4:本人に説明し、書面で通知する
面談で理由を説明し、本人の意見を聴きます。通知書には、変更内容(等級と給与の新旧の額)、適用日、理由、不服の申出先を書きます。
ステップ5:実施後に経過を見て、戻る道筋を示す
次の評価で基準を満たせば、等級や給与が戻ることを伝えておくことが大切です。下げ幅は一度に大きくせず、段階的にするほうが、不利益の程度を抑えられます。
懲戒との違い:混ぜると何が問題になるか
評価が低いこと自体は、規律違反ではありません。成果が出ない、能力が基準に届かないという理由は評価の問題です。無断欠勤や情報漏えいのような規律違反が、懲戒の問題です。
懲戒には、評価に基づく降給・降格とは別の条件があります。厚生労働省のモデル就業規則の解説と、労働契約法から整理すると、次のとおりです。
- 就業規則に定めのない事由による懲戒処分は、懲戒権の濫用と判断されることになる(モデル就業規則の解説)
- 懲戒が、行為の性質や態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当でない場合は無効(労働契約法第15条)
- 過去の同種事例における処分内容などを考慮して、公正な処分を行う(モデル就業規則の解説)
- 1回の懲戒事由に該当する行為に、複数回の懲戒処分はできない(モデル就業規則の解説)
- 減給は、労働基準法第91条の上限の範囲内で行う
評価の低さを理由に、懲戒として降格や減給を行うと、これらの条件を満たすかが問われます。評価に基づく降給・降格と、規律違反への懲戒は、規程でも通知書でも別の項目として区別しておくことをおすすめします。
一方で、評価を下げた結果としての賃金低下が、実質的に制裁として行われたと受け取られる可能性もあります。両者の線引きは事案ごとに判断が分かれるため、実施前に社会保険労務士や弁護士に確認してください。
ネクストプレナーズの見解
降給・降格は、実施する場面になってから規程を整えても間に合わないと考えます。評価制度を導入する段階で、昇給・降給の幅と、下げる場合の要件、回復の道筋を賃金規程に書いておくことをおすすめします。
よくある誤解は、評価が低い社員に同意書を書いてもらえば解決する、という考え方です。署名の有無より、下がる額と理由をどこまで具体的に説明したかが問われると考えます。大切なのは、下げることを目的にせず、評価基準と改善指導を整えることです。本人が次の評価で戻れる設計にすることが、結果として紛争を減らすと考えます。
人事評価制度や賃金規程の見直しでお悩みの場合は、株式会社ネクストプレナーズにご相談ください。
まとめ
人事評価を理由に降給・降格を行うには、規程の根拠、評価の合理性、手続の相当性の3つをそろえます。規程に根拠がなければ、本人の合意か、合理性と周知を満たす就業規則の変更が要ります。懲戒とは条件が異なるため、評価に基づく措置と規律違反への処分は区別します。まず、自社の賃金規程に降給・降格の定めがあるかを確認してください。
本記事は公的機関の公表資料等を基にした一般的な情報です。個別の制度設計・手続きは専門家にご確認ください。
監修
監修:仙頭 武宏(株式会社ネクストプレナーズ 代表取締役社長)
東京工業大学(現・東京科学大学)工学部制御システム工学科卒業。日本オラクル株式会社でエンジニア、コンサルタントを経て経営企画室マネージャを務める。一橋大学大学院商学研究科(現・一橋ビジネススクール)経営学修士(MBA)修了。独立コンサルタントを経て、2012年より株式会社ネクストプレナーズ代表取締役社長。
よくある質問
Q. 人事評価が低いと、給与を下げてもよいですか?
就業規則などに根拠があり、評価が合理的で、手続を尽くしていれば、下げられる場合があります。根拠がないまま一方的に下げることはできません。本人の合意を得るか、就業規則を変更する必要があります(労働契約法第8条・第9条・第10条)。
Q. 降格に伴って給与が下がるのは、減給の制裁になりますか?
懲戒処分として行う減給の制裁には、労働基準法第91条の上限があります。評価に基づく賃金の見直しは、賃金規程の定めと労働契約法の枠組みで考えます。ただし、実質的に制裁と受け取られる可能性があるため、理由と手続を区別して記録し、実施前に専門家へ確認してください。
Q. 減給の制裁は、いくらまで認められますか?
1回の額が平均賃金の1日分の半額まで、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1までです(労働基準法第91条)。平均賃金の1日分が1万円なら、1回の制裁は5,000円までです。
Q. 社員が同意書に署名すれば、降給しても問題ありませんか?
署名があるだけでは足りない場合があります。最高裁は山梨県民信用組合事件(2016年2月19日判決)で、賃金や退職金の変更について判断しました。不利益の内容と程度、同意に至った経緯、事前の説明の内容に照らして、自由な意思に基づく同意といえる合理的な理由が客観的にあるかを見るとしています。下がる金額を具体的に示して説明し、記録を残してください。
Q. 就業規則に降格の定めがない場合は、降格できませんか?
降格に伴って賃金が下がる場合は、本人の合意か、周知と合理性を満たす就業規則の変更が必要です(労働契約法第8条〜第10条)。役職だけを外す場合の扱いは事案によって判断が分かれるため、実施前に社会保険労務士や弁護士に確認してください。
Q. 評価を理由に降格する前に、何を確認すべきですか?
確認するのは次の4点です。評価基準を周知していたか。期中にフィードバックして記録を残したか。改善の機会を与えたか。本人に理由を説明し、書面で通知するか。規程に降給・降格の定めがあることが前提です。
出典・参考資料
- 労働基準法(第89条・第90条・第91条)(e-Gov法令検索(デジタル庁))
- 労働契約法(第3条・第7条〜第10条・第15条)(e-Gov法令検索(デジタル庁))
- モデル就業規則 第11章 表彰及び制裁(解説)(厚生労働省)
- 労働条件の変更|労働契約の法令・ルール(労働契約ポータルサイト)(厚生労働省)
- 労働条件の引き下げ|裁判例(確かめよう労働条件)(厚生労働省)
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