SDGs目標8「働きがいも経済成長も」は、人事の仕事に近い目標です。有給休暇の取得、残業の上限、女性や障害のある人の活躍、パート・有期社員の待遇差の説明は、どれも人事制度で扱う項目です。中小企業が人事制度でSDGs目標8を進める手順を、働き方・多様な人材・賃金の3領域で整理します。確認する法令と点検項目、最初の4ステップも示します。
SDGs目標8とは?人事制度との関係
SDGs目標8とは、「包摂的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)を促進する」ことを掲げた目標のことです。「働きがいも経済成長も」はこの目標の通称です。上の文言は、国連広報センターの訳に基づきます。
ディーセント・ワークとは、働きがいのある人間らしい雇用のことです。賃金、労働時間、休暇、働く人の多様性への配慮は、どれも会社が人事制度で決めている内容に当たります。目標8は、人事制度との重なりが大きい目標です。
目標8は、就業規則や賃金規程、評価制度の見直しで進められる部分が多く、人事責任者が自社のSDGsを主導しやすい目標です。「SDGs担当を任されたが、何から手を付けるか分からない」という人も、人事の知識をそのまま使えます。
目標8を人事制度に落とす3つの領域
目標8は抽象的なので、人事で点検できる単位に分けると進めやすくなります。「働き方」「多様な人材」「賃金」の3領域に分け、関わる制度を次の表にまとめました。
| 領域 | 人事制度で点検する項目 | 関わる主な制度 |
|---|---|---|
| 働き方 | 有給休暇の取得状況、残業時間の管理 | 年5日の年次有給休暇の確実な取得、時間外労働の上限規制 |
| 多様な人材 | 男女間の賃金差異、障害者の雇用、行動計画 | 女性活躍推進法、障害者雇用促進法 |
| 賃金 | 正社員とパート・有期社員の待遇差、待遇差の説明 | パートタイム・有期雇用労働法(同一労働同一賃金) |
どの領域から着手するかは、自社の現状の数字を見て決めます。手順は後半の「最初の4ステップ」で説明するので、先に各領域の内容を確認しましょう。
働き方:年次有給休暇と残業時間を点検する
年次有給休暇は年5日を取得させる義務がある
使用者は、年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対し、毎年5日、確実に取得させなければなりません。対象には管理監督者も含まれ、適用は2019年4月から、大企業・中小企業とも同じです。厚生労働省の働き方改革特設サイトに、制度の解説資料があります。
取得させる方法は、労働者の請求、労使協定による計画年休、使用者による時季指定の3つです。労働者が自ら取得した日数や計画年休の日数は、年5日から差し引く扱いです。使用者が時季を指定するときは、労働者の意見を聴き、尊重するよう努める必要があります。
5日の期限は、年次有給休暇を付与した日(基準日)から1年以内で、労働者ごとに異なります。入社時期がそろっていない会社では、全員の基準日と取得日数を一覧にしておくと、期限の近い人が分かります。年次有給休暇管理簿は、労働者ごとに作成し、3年間の保存が必要です。
残業時間の上限は原則月45時間・年360時間
残業時間の上限は、原則として月45時間・年360時間です。臨時的な特別の事情がなければ、これを超えることはできません。時間外労働の上限規制の内容は、厚生労働省が案内しています。
特別の事情があって労使が合意した場合にも、上限は残ります。年720時間以内、複数月平均80時間以内(休日労働を含む)、月100時間未満(休日労働を含む)の3つです。原則の月45時間を超えられるのは、年6か月までです。
人事制度の点検では、上限に収まっているかだけでなく、残業が特定の部署や個人に偏っていないかも見ます。月ごとの残業時間と有給の取得日数を部署別に並べると、偏りのある場所がすぐに分かります。
多様な人材:男女間賃金差異と障害者雇用を確認する
男女間賃金差異の公表は101人以上の企業に広がった
男女間賃金差異とは、同じ事業主の男性労働者と女性労働者の賃金の差を、数値で示したもののことです。改正女性活躍推進法は、2026年(令和8年)4月1日に施行されました。常時雇用する労働者が101人以上300人以下の事業主も、男女間賃金差異の情報公表が必須項目になっています。301人以上の事業主は2022年(令和4年)7月8日から義務づけられていたため、今回の改正で対象が広がった形です。
常時雇用する労働者が101人以上の事業主には、一般事業主行動計画の策定と届出の義務もあります。100人以下の事業主は、策定が努力義務です。算出と公表の方法は、厚生労働省の通達と解説資料に定められています。パート労働者を人員数に換算した場合は、換算した旨の明記が必要です。詳細は女性活躍推進法特集ページをご覧ください。
公表の数字を出したら、等級別・職種別の男女の人数も並べてみます。差が賃金テーブルの設計から生じているのか、昇格や配置の偏りから生じているのかで、見直す制度が変わるためです。
障害者雇用は法定雇用率2.7%が基準
障害者雇用促進法は、雇用する労働者の2.7%に相当する障害者を雇用するよう、企業に義務付けています(障害者雇用率制度)。この雇用率を満たさない企業からは納付金を徴収し、雇用義務数より多く障害者を雇用する企業には調整金を支払う仕組みです。
自社が義務の対象になるか、算定でどう数えるかは、厚生労働省の障害者雇用対策のページで確認してください。人事制度では、募集・配置・評価の基準が、障害の有無で不必要に分かれていないかを点検しましょう。短時間勤務や業務の切り出しは、働き方の選択肢を増やす見直しです。介護や育児、治療と仕事を両立する社員にも、役立つ場合があります。
認定制度を、取り組みの物差しに使う
女性の活躍、子育て支援、若者の雇用には、えるぼし・くるみん・ユースエールなどの認定制度があります。認定の基準を読むと、自社の取り組みがどの水準にあるかが分かります。3つの違いと選び方は、当サイトのえるぼし・くるみん・ユースエール認定の違いをご覧ください。
賃金:正社員とパート・有期社員の待遇差を点検する
同一労働同一賃金とは、同じ企業の正社員とパート・有期社員の間で、不合理な待遇差を設けない考え方のことです。基本給や賞与など、あらゆる待遇が対象です。パートタイム・有期雇用労働法が、不合理な待遇差を禁止しています。
待遇の決め方は、次の3点の違いに応じた範囲内にする必要があります(均衡待遇規定)。①職務内容、②職務内容・配置の変更の範囲、③その他の事情です。①と②が正社員と同じ場合は、待遇も正社員と同じ取扱いにします(均等待遇規定)。どのような待遇差が不合理かは、同一労働同一賃金ガイドラインに、考え方と具体例が示されています。
2026年10月施行の改正で変わった点
厚生労働省は、2026年10月施行として次の改正を案内しています。1つ目は、労働条件の明示事項の追加です。パートタイム・有期雇用労働者を雇い入れるときは、「待遇の相違の内容・理由等に関する説明を求めることができる旨」の明示が必要です。違反した者には、10万円以下の過料が科されます。
2つ目は、同一労働同一賃金ガイドラインの改正です。賞与、各種手当、福利厚生に関する記載が充実し、追加されました。手当には退職手当、無事故手当、家族手当、住宅手当が挙げられています。福利厚生には、福利厚生施設、病気休職・休暇、夏季冬季休暇、褒賞が含まれます。内容は、厚生労働省の同一労働同一賃金のページで確認できます。
点検のやり方は単純です。正社員にある手当や休暇のうち、パート・有期社員にないものを一覧にします。そのうえで、違いの理由を、職務内容や配置の変更の範囲で説明できるかを確認します。説明できない項目が、見直しの候補です。
パート・有期社員の評価と時給の決め方は、パート・有期社員の人事評価制度の作り方で解説しています。最低賃金と月給の関係は、最低賃金が上がったら月給の見直しは必要?が参考になります。
中小企業がSDGs目標8を進める最初の4ステップ
3領域の確認ができたら、次の順に進めます。すべてを同時に始める必要はありません。
- ステップ1:現状の数字を出す。次の5つを集めます。年次有給休暇の取得日数、月ごとの残業時間、男女別の賃金、障害者の雇用人数、パート・有期社員にない手当の一覧です。
- ステップ2:重点にする領域を1つか2つに絞る。数字を見て、義務の抜けや偏りが大きい領域を選びます。17ゴール全体からの選び方は、SDGsの17ゴールの選び方で解説しています。
- ステップ3:指標と期限を決める。例えば「年5日に届かない社員を、年度末までに0人にする」のように、数と期限で書きます。指標の絞り方と進捗の確認は、SDGsのKPI設定の方法にまとめています。
- ステップ4:規程と運用に反映し、社員に伝える。就業規則や賃金規程の変更が必要なら、社会保険労務士などに確認しながら進めます。社内への伝え方は、SDGsを社員に浸透させる方法が使えます。
担当者として全体の進め方を知りたい場合は、SDGs担当者を任されたら最初にやることもあわせてご覧ください。
発信するときの注意:法令の遵守は出発点
年5日の有給取得、残業の上限、同一労働同一賃金は、法律が定める義務です。義務を満たしている状態は、SDGsの取り組みとして誇る水準ではなく、出発点にあたります。
自社サイトや求人でSDGsを発信するときは、義務の履行と、義務を超えた自主的な取り組みを書き分けてください。自主的な取り組みの例は、法定を上回る休暇制度や、賃金差異の背景の分析です。書き分けておけば、実態より大きく見せていると受け取られる心配が減ります。表現の点検方法は、SDGsウォッシュ対策で解説しています。
ネクストプレナーズの見解
中小企業の実務では、目標8の全体を網羅するより、法令上の義務に抜けがないかを先に確認するほうがよいと考えます。年5日の有給取得、残業の上限、パート・有期社員の待遇差の説明は、SDGsを掲げる前に整えておきたい土台だからです。
よくある誤解は、SDGsの取り組みを新しい制度の導入と捉えて、既存の就業規則や運用の点検を後回しにすることだと考えます。点検で見つかった課題は、担当者と期限を付けて1〜2点に絞って進めるのがよいでしょう。自社への当てはめに迷うときは、ネクストプレナーズにご相談ください。
まとめ
SDGs目標8は、働き方・多様な人材・賃金の3領域に分けると、人事制度の点検項目として扱えます。最初の一歩は、年次有給休暇の取得日数や残業時間など、すでに社内にある数字を一覧にすることです。今週中に、有給の取得日数が年5日に届いていない社員の人数を確認してみてください。
監修
監修:仙頭 武宏(株式会社ネクストプレナーズ 代表取締役社長)
東京工業大学(現・東京科学大学)工学部制御システム工学科卒業。日本オラクル株式会社でエンジニア、コンサルタントを経て経営企画室マネージャを務める。一橋大学大学院商学研究科(現・一橋ビジネススクール)経営学修士(MBA)修了。独立コンサルタントを経て、2012年より株式会社ネクストプレナーズ代表取締役社長。
本記事は公的機関の公表資料等を基にした一般的な情報です。個別の制度設計・手続きは専門家にご確認ください。
よくある質問
Q. SDGs目標8「働きがいも経済成長も」は何を目指す目標ですか?
SDGs目標8は、包摂的かつ持続可能な経済成長を促す目標です。すべての人の完全かつ生産的な雇用と、働きがいのある人間らしい雇用(ディーセント・ワーク)も目指します。企業にとっては、賃金、労働時間、休暇、多様な人材の活躍など、人事制度の項目が取り組みの中心になります。
Q. 中小企業がSDGs目標8に取り組むとき、最初に何を確認すればよいですか?
最初に確認するのは、年5日の年次有給休暇の取得、残業時間の上限、パート・有期社員の待遇差の3点です。いずれも法令に基づく項目なので、自社の数字を集めて、抜けや偏りがないかを点検します。そのうえで、重点にする領域を1つか2つに絞ります。
Q. 年次有給休暇は、何日取得させる義務がありますか?
年10日以上の年次有給休暇が付与される労働者には、毎年5日を確実に取得させる義務があります。付与した日(基準日)から1年以内に、労働者の請求、計画年休、使用者による時季指定のいずれかの方法で取得させる決まりです。管理監督者も対象です。年次有給休暇管理簿は、3年間保存する必要があります。
Q. 男女間賃金差異の公表は、従業員が何人の企業から必要ですか?
常時雇用する労働者が301人以上の事業主は、2022年7月8日から公表が義務づけられています。101人以上300人以下の事業主にも、2026年4月1日施行の改正女性活躍推進法で、男女間賃金差異の公表が必須項目に加わりました。算出と公表の方法は、厚生労働省の通達と解説資料で確認してください。
Q. パート・有期社員と正社員の待遇差は、どこまで認められますか?
待遇差は、次の3点の違いに応じた範囲内であれば認められます。職務内容、職務内容・配置の変更の範囲、その他の事情です。この範囲を超える不合理な待遇差は、パートタイム・有期雇用労働法で禁止されています。どの差が不合理かは同一労働同一賃金ガイドラインに具体例があり、個別の判断は専門家への確認をおすすめします。
出典・参考資料
- 働きがいも経済成長も(国連広報センター)
- 年次有給休暇の時季指定(働き方改革特設サイト)(厚生労働省)
- 時間外労働の上限規制(働き方改革特設サイト)(厚生労働省)
- 女性活躍推進法特集ページ(厚生労働省)
- 障害者雇用対策(厚生労働省)
- 同一労働同一賃金(働き方改革特設サイト)(厚生労働省)
- 家族手当・配偶者手当の見直し方|年収の壁を踏まえた廃止・子ども手当化の選択肢と、不利益変更で守る手順・経過措置 - 2026年11月4日
- 人事評価の評価項目の決め方|成果・能力・情意の3軸を職種と等級に合わせて配分する手順と、項目を絞る基準 - 2026年11月3日
- 賃上げ促進税制は中小企業でどう使う?令和8年度の要件・控除率・給与総額の集計方法とくるみん・えるぼしの上乗せ - 2026年11月2日
