2019年4月から順次施行されている「働き方改革関連法」により制定された「高度プロフェッショナル制度」です。この制度は一言で言えば「労働時間ではなく質で仕事を評価する」制度であり、その性質から労働生産性の向上が見込めるため、働き方改革関連法の中でも注目を集めています。
他方で、労働基準法に定められる労働時間、休日並びに深夜残業にともなう割増賃金に関する規定を適用しないという側面もあります。
今回は、そんな高度プロフェッショナル制度について、概要、変遷、メリット、デメリット、注意点を解説していきます。
目次
高度プロフェッショナル制度の概要
高度プロフェッショナル制度(特定高度専門業務成果型労働制)とは、一定の年収要件(年収1,075万円)以上を満たし、高度の専門的知識を持つ労働者を対象に、労働時間に基づいた制限を廃止する制度です(労働基準法第41条の2)。
つまり労働時間から賃金の算定を行うのではなく、成果に対する評価により賃金の算定を行うということになります。
そのため短時間で成果を残すことができれば、短い労働時間で変わらない給与が払われるというメリットがありますが、残業時間の上限規制が適用されないため、「残業代ゼロ法案」と揶揄されることもあります。
ただし単純に働かせ放題になるというわけではなく、高度プロフェッショナル制度を適用するためには、長時間労働を防止する健康確保措置(年間104日の休日確保の義務化や終業時間と始業時間までの間に一定時間以上の継続した休息時間の確保)を講じなければいけません。
なぜなら雇い入れ側と労働者では、労働者のほうの立場が弱くなってしまうため、各種制度を設けておかないと違法な働かせ方をさせる雇い主が現れる可能性があるためです。
この健康確保措置を講じることで、
・時間外、休日労働協定の締結
・時間外、休日、深夜の割増賃金の支払い義務
を免れることができるのです。
なお高度プロフェッショナル制度の対象になる労働者は、年収要件だけではありません。
その他の条件としては、
・高度で専門的な知識を有すること
・業務に従事した時間と成果との関連性が高くないこと
・対象業務に当てはまること
が必要です。
ここでいう対象業務とは、金融商品の開発業務、金融商品のディーリング業務、アナリストの業務(企業・市場等の高度な分析業務)、コンサルタントの業務(事業・業務の企画運営に関する高度な考案又は助言の業務)、研究開発業務等が想定されています。
そのため年収が1,075万円以上あったり、高度で専門的な知識を有していたりしても、対象の業務に該当しない場合は、高度プロフェッショナル制度を適用できません。
※参考:厚生労働省・「高度プロフェッショナル制度」の創設について
高度プロフェッショナル制度の変還
では、高度プロフェッショナル制度がどのように変遷してきたのでしょうか。
そもそも高度プロフェッショナル制度は、アメリカやヨーロッパなどで実施されている「ホワイトカラーエグゼンプション制度」を日本でも取り入れようと、2007年に検討されたことから始まりました。
ホワイトカラーエグゼンプションの内容は、
・労働時間に関係なく、働くことができる
・労働時間ではなく、成果で評価されるので、不要な残業を減らすことができる
といったもので、まさに高度プロフェッショナル制度の内容と似ていることがわかります。
しかし単純にこの制度を導入した場合、過労死で亡くなる方が増えてしまうという懸念があり、実際に提出されることはなく、その後、何度も見直しが加えられ閣議決定までは進むようになりましたが、成立には至りませんでした。
その大きな理由として、「残業代がゼロになる」という主張があったためです。
他方で「ワークライフバランスの向上」も声高に叫ばれるようになり、それらを勘案して、2018年6月、一定の条件を設けた「高度プロフェッショナル制度」として、成立されました。
高度プロフェッショナル制度のメリット
それでは高度プロフェッショナル制度を導入することで、どのようなメリットがあるのでしょうか。今回は雇い入れ側と労働者に分けて、それぞれ解説していきます。
雇い入れ側のメリット
・企業収支の改善につながる
高度プロフェッショナル制度では、労働時間に対して給料を支払うのではなく、成果に対して給料を支払います。どれだけの時間働いたかではなく、どれだけの成果を上げたかを見るということです。
そのため必要以上の残業で給料を稼ぐ社員がいる場合の勤務態度是正や、生産性の低い職場の雰囲気の改善に効果的であり、結果的に企業収支の改善につながります。
・社員に公平感を与えられる
多くの企業では残業代を支払うことが前提になっているため、一部の優秀な社員は給料に対して不満を持ってしまいます。なぜならどれだけ効率よく仕事をこなし、成果をあげても、残業代で給料をあげる社員がいる場合があるからです。
しかし高度プロフェッショナル制度を導入した場合には、残業代は関係なくなるため、社員は公平感を感じられるでしょう。
・労働意欲の向上につながる
高度プロフェッショナル制度を導入することで、効率よく仕事をこなし、成果を出す社員はプライベートの時間を充実させることが可能です。
そのため労働生産性を高め、早く帰ろうという意識が定着するので、結果的に労働意欲の向上につながります。
労働者のメリット
・ワークライフバランスの向上
高度プロフェッショナル制度を導入することにより、対象者は労働基準法が適用されません。そのため労働者の裁量で出社や退社の時刻を決定することができます。
更に、休暇の取得も自由に決められるため、育児や介護のために上手に時間を使うこともできます。このように仕事でもプライベートでも時間を有意義に使えるよう自身で調整することができるため、ワークライフバランスの向上が実現できます。
・残業時間が減る
雇い入れ側のメリットで紹介した通り、労働時間ではなく、成果で給料が決まる高度プロフェッショナル制度では、労働者の生産性に対しての意識も変わります。なぜなら残業をしていても、給料が上がるわけではないからです。
そのため無駄に残業をするのはやめようという社員が増えるため、残業時間が減るという結果になります。
高度プロフェッショナル制度のデメリット
それでは次にデメリットを見ていきましょう。
デメリットは、企業側・従業員側共通して、
・残業代の考え方が無くなる
・長時間労働が増える
・評価基準が不明確
という3点があげられます。
・残業代の考え方が無くなる
考えられる一番大きなデメリットは、残業代の考えが無くなることでしょう。高度プロフェッショナル制度では労働時間の上限規制がないので、残業という考え方が無くなります。
そのため繁忙期などでどれだけ残業をしても、残業代が発生することはありません。「残業代ゼロ法案」といわれるのは、このことが所以です。
企業側と従業員側が、成果に対する報酬と残業代に対する考え方を双方が納得していなければ、従業員の不満をまねき企業の生産性が停会します。
・長時間労働が増える
先述の通り、高度プロフェッショナル制度では、労働時間の上限規制がありません。高度プロフェッショナル制度が適用された社員には労働基準法が適用されないからです。過労死やうつ病などを増やさないために、健康確保措置を講じることが規定されてはいるものの、決まった就業時間がないため、従業員が限界まで働くことになる可能性もあります。企業側も適切に管理しなければ、労働問題などのトラブルが増加します。
・モチベーションの低下
高度プロフェッショナル制度では、労働時間ではなく成果で給料が決まるため、評価基準が明確になっていないと、どういった成果にどのような評価をすればよいのか(従業員目線ではどのように評価されるのか)わからなくなる可能性があります。成果に対して、適切な評価がなされなければ、従業員のモチベーションの低下をまねきます。
そのためどのような評価基準を取っているのか、事前に双方がしっかり納得しておく必要があります。
高度プロフェッショナル制度の注意点
最後に高度プロフェッショナル制度の注意点を確認しておきましょう。
何度も記載してきた通り、高度プロフェッショナル制度には残業代の概念がありません。そのため従業員が自分自身で勤務時間を管理する必要があります。忙しく働き続けても給料が増えなかったといった状況が続くと、精神的にも肉体的にも疲弊してしまいます。
そうなってしまうとワークライフバランスの向上どころか、生産性の低下などのマイナスになってしまうので注意が必要です。
また、成果に対する評価基準が明確になっており、従業員とも認識の齟齬がないかも確認することが大切です。
こうした状況をしっかりと把握しておかないと、高度プロフェッショナル制度導入が業績の悪化の原因になってしまいます。
高度プロフェッショナル制度は違反に対する罰則が規定されていません。しかしながら、罰則がないからと言って、正しい制度運用をしなければ、従業員からの訴訟などを受ける可能性がありますのでご注意ください。
高度プロフェッショナル制度のまとめ
今回は高度プロフェッショナル制度について解説してきました。
社内で適切に導入されていれば、社員の労働意欲やワークライフバランスの向上などメリットも多い制度ですが、制度を形骸化した運用になると、マイナスの影響が増えてしまうこともあります。今回の記事を参考に、高度プロフェッショナル制度についてしっかり理解しておきましょう。
また、高度プロフェッショナル制度と似た制度に「裁量労働制」があります。
裁量労働制も高度プロフェッショナル制度と同様に、限られた職種において、労働時間にとらわれない働き方ができる制度です。
裁量労働制については以下の記事で解説していますのでこちらもぜひ併せてご確認ください。
~~参考~~
個人が自主的に仕事を進めていく点、人ではなく仕事内容を評価し給与を支払うという点、専門性の高い業務と相性がいいという点において、高度プロフェッショナル制度と共通点のある「ジョブ型雇用」という雇用形式があります。
これは企業側で業務の種類とレベルに応じた等級の枠を設け、その枠(業務内容とレベル)にマッチする従業員をあてはめる形をとる雇用制度です。
ジョブ型雇用は基本的に企業全体の雇用制度に関連するもの(企業の採る雇用形式のひとつ)ですので、ごく一部ともいうべき特定の層について特定の対応(労働時間の制限の撤廃)をとるという内容の高度プロフェッショナル制度と単純に比較するにはちょっと本質を異にする制度ではあるのですが、人や労働時間ではなく仕事内容で評価したいがどのような形をとればいいか迷っているという場合には、こちらも参考になるかもしれません。
以下の記事で詳しく解説していますので、併せてご確認ください。
- 「戦略人事」とは?概要と実現のためのポイント - 2022年7月4日
- テレワークに適した福利厚生制度|見直しの必要性と具体例 - 2022年5月24日
- 【解説】「ジョブ・クラフティング」の概要とメリット、注意点 - 2022年4月12日